夜空よりペンライト

私の神様!

ミュージカル ヘドウィグ 2022 2/16 感想 @EX THEATER ROPPONGI

脳直で残っていた感想をブログにしただけです。 

2022.2.16(日)

見てるとだんだん、丸ちゃんを見に来ているのか、ヘドウィグを見に来ているのかわからなくなった。

きっかけは丸ちゃんなんだけど、実際にいるのはヘドウィグ。

丸ちゃんから教えてもらってヘドウィグのライブに来た、みたいな。

 

カタワレを探し求めることはできたのか、という物語に対しては、最後の曲での私の解釈は

ヘドウィグはウィッグを被らなかったし、イツハクがドレス姿でウィッグ被って歌ってたのが、カタワレは自分が変わるために閉じ込めていた自分だった、つまりヘドウィグにとってはハンセルだった。

ハンセルのままだけだと なりたい自分になれなくて、でもヘドウィグとしていた後もずっとカタワレを探し続けていた、カタワレは過去も今もくるめて全て認めた、自分で認められることのできた自分だった、というのが私の解釈。

 

ただ、カタワレ(=愛)という表記の愛に着目すると、慕って愛してくれるイツハクだとも受け取れる。

本当にカタワレがいるのか、と ほなみさんがおっしゃっていて、人間はカタワレを見つけるために人に愛を抱いて愛そうとするけれど、人間が完全体になることは有り得ない話で、カタワレがいたとしても出逢うことは途方もなく難しくて、切り裂かれたのだから出逢えない仕組みになってるのかもしれないし、そもそもカタワレは人間が抱く幻想なのかもしれない。

 

ヘドウィグは映像として残っていないから私の記憶の中にしかいないんだ…と思ったけど、感覚的には私はヘドウィグのライブに行った訳で、彼女と長い人生の一瞬を共有した訳で、彼女の人生に関わりお邪魔した訳で、私の記憶にしかないっていうのは実際に誰かと会った時ときと同じで人生において普通のことだから、仕方ないんだよな。

 

丸ちゃんはこう歌ってたらヘドウィグっぽいでしょ?っていうのはやりたくないってインタビューで言ってたから、そもそも丸ちゃんだったのかもしれないとかグルグル考えてたんだけど、最終的にはヘドウィグは丸ちゃんだったし、丸ちゃんはヘドウィグだった。

 

 

 

あと最後に、これみんな言ってると思うんだけど、新聞の画面が映し出されたところでトミー(丸ちゃん)のお写真が出てきて格好よすぎて、え!?!?!?!?って声出るとこだった。

パンクロック(?)みたいなメイクが最高に格好よくて、盛り耐性に震えた。

 

 

おわり!!!!!!!